米ブレーブススカウト大屋さん「甲子園は人生の特等席」

2015年7月11日
5歳の子に「見どころ有り」とのこと

米アトランタ・ブレーブスの国際スカウト駐日担当である大屋博行さんは18年間、日米の野球界を橋渡ししてきた。究極の目標は、ワールドシリーズ制覇に貢献する選手を発掘すること。一方で、全国の球児にも目配りを怠らない。全国高校野球選手権の期間中は、甲子園球場近くのホテルに宿泊する。早朝4時から前売り券を握りしめて並ぶ。少しでも見やすい「特等席」に座るためだ。

「誰よりも早く球場に行け。そうすれば得るものがある」

かつての上司、ポール・スナイダーのアドバイスを忠実に守っている。スナイダーは、チッパー・ジョーンズらを見出し、ブレーブスのチーム殿堂入りを果たした名スカウトだ。映画『人生の特等席』で、クリント・イーストウッドが演じた老スカウトのモデルでもある。自前の選手を育て、内部からチームをつくり上げるブレーブスの縁の下の力持ちだった。

大屋さん現在は、アマからNPB(日本プロ野球機構)の担当になって1年目。本来ならプロ12球団の選手だけを見ていればいい。しかし、今年も8月6日から始まる第97回全国高校野球選手権を見に行く予定である。

「ボスは『もうプロのみで、アマは見なくていい』という。しかし、甲子園でプレーする若い時を見ておかないと、プロになった時に選手を分析できないし、高校の監督との親交も必要。今春の選抜大会も自費で宿を取り、足を運んだ。スカウトは『熟したもの』だけを取りに行くのではだめ」(大屋さん)

NPBのドラフトにかかるアマチュア選手は、日米コミッショナー間の「紳士協定」ため、すぐに獲得することはできない。「いつの日か海を渡る時のため」のチェックである。甲子園球場にメジャースカウトのための席は用意されていないため、チケット購入は自腹だ。しかし、決して不満そうではない。「見ておかなければ」という使命感がのぞく。

NPBスカウト注目の150キロ右腕、髙橋純平投手(県岐阜商)について聞いてみた。

「完成度は、まだまだ。しかし、体がしっかりしており、力まずに投げている。指導者に映像でフォームをチェックしてもらい、自分で決まりを設定して投げているとか。高校生の中に大学生がいて投げているみたいだ。高校生らしからぬ選手。ルックスもいい」

 ほかにも選抜大会以降、気になる選手は何人かいる。投手に関しては、かなり限定された理想のイメージがあるようだ。足が大きくて、脚が長く、ばねがあり、メンタリティが強い……などなど。致命的な故障や欠点がなければ、フォームや制球力をあれこれ、うるさく言わない。求めるのは、「体の伸びしろが大きい子」。ダルビッシュ有(東北高→日本ハム→レンジャーズ)の少年時代がまさに、そうだった。

■時には「即メジャー」ではなくNPB入りを助言

意外にも、メジャー志向を公言する高校球児に対し、直接・間接的にNPB入りを進めたことが何度かある。メジャーの厳しさを知っているからだ。高卒1年目でNPBの新人王を獲得した「超高校級の怪物」と言われた選手でも、「すぐにメジャーに挑戦していたら潰れていただろう」という。菊池雄星投手(花巻東高→西武)とのやり取りはこうだった。

「ドラフト後、菊池選手にメールを送った。『君は日本で頑張りなさい。日本の球団は君を優先して使ってくれる。投手として長生きするためにはいい。米国はいいが、日本と米国は野球のタイプが違う。精度の高い球が必要だ。だからまずは日本で頑張れ』と伝えた。すると次の日、『日本で頑張ります』と返事が来た」

 

「二刀流」の大谷翔平選手(花巻東高→日本ハム)とは、直接のやり取りこそなかったが、12球団全スカウトが指名を断念した時、日本ハムの上層部に強行指名を進言した。「すぐに米国に行かせてはいけない。日本で培った技術を持って行けばもっといい選手になる」と。現在、大谷に対しては、「海を渡る日」を見越して、よりシビアな視線を送っている。助言も、より具体的だ。

「耐久性と精度では、大谷より藤浪晋太郎(大阪桐蔭高→阪神)の方が上。打たれても何とかする力がある。大谷は変化球を投げられる。しかし、耐久性はまだ養われていない。責任を果たしていない。100億円は出せない。メジャーに行っても(成功するかどうかは)50:50(フィフティー・フィフティー)」

大屋さんは、NPBのドラフトを経てNPB入りする選手を「天然もの」という。希少価値が高く、すぐに手は出せない。だからこそ「養殖」、つまり、速い球を投げる、俊足、強肩など、抜きんでた素質を持っていながら、日本のドラフトにかからない選手を見出して育てることが重要だと考えている。これまで大屋さんが見出した選手は6人。メジャー契約には至らなかったが後にダイエー(現ソフトバンク)から8位指名を受けた竹岡和宏投手などがいる。

ちなみに、雄星、大谷、藤浪以外の「天然もの」については、前田健太(PL学園高→広島)、石川歩(滑川高→中部大→東京ガス→ロッテ)など、「投げっぷりのいい投手」に目が行くという。野手は日米での差がかなり大きいことを前置きしたうえで、菊池涼介(武蔵工大二高→中京学院大→広島)の名を挙げた。

■10年後、20年後のダルビッシュを探して

7月上旬、講演後が縁で出会った学童野球の指導者から「見てほしい」との依頼を受け、富山市内の小学校グラウンドに足を運んだ。前日の講演会では指導者らを前に、「子どもを教えるには、子どもの目線で。指導者にはプロになってほしい。負けることもある。いつ答えが出るかわからない。教える方も経験を積んでいかねばいけない」と伝えている。

甲子園出場もまだ「夢のまた夢」である児童のキャッチボールを見守り、気が付いた点は直接、声を掛けて指導する。ある児童からは「試合で緊張してしまう。どうしたらいいですか?」と聞かれ、長身をかがめて「緊張してかまわない」と回答した。「体の伸びしろが大きい子」の動きは、ぬかりなくチェック。10年後、20年後にダルビッシュのようになる逸材を探している。

 児童の母親とも気軽に雑談する。「北陸は米、魚がおいしい。でも肉を意識してとってほしい。消化吸収を考えてミンチがいい」「学校にいる時以外は靴下を脱がせ、締め付けないように。乳製品を多く摂取させて」などと、栄養面や生活面での助言を盛り込んだ。「間接的にでも選手育成につながれば……」との思いだ。

西岡剛(大阪桐蔭高→ロッテ→ツインズ→阪神)が少年時代に所属していた出身チームを訪ねた時、西岡の両親から「よくお見かけしましたね」と声を掛けられたことがある。選手が覚えていなくても、保護者の印象に残れば、それは一つの成果だ。無数の出会いがスカウト人生の財産である。

「正直、スカウトという仕事を面白いと思ったことはないし、この先いつまで続けるかは分からない。でも、人との巡り合いはうれしい」

 

帰り際に、偶然の縁から訪問した富山市内の小学校が、義兄の母校だと知り、驚いた。「人生の特等席」は全国各地にある。大屋さんは当分、長い目で、広い視野で、低い目線で……と、あらゆる視点から日米の野球を見続けるつもりのようだ。

【略歴】

おおや・ひろゆき 1965年10月生まれ49歳。大阪府出身。高校中退後に渡米し、アリゾナ州スコッツデール市立コロナド高校で投手としてプレー。同高校卒業後に帰国し、NPBの阪神練習生に。歯科技工士などを経て98年から米アリゾナ・ダイヤモンドバックスの国際スカウト駐日担当に。2000年からアトランタ・ブレーブスの国際スカウト駐日担当として日本国内の選手を見てきた。

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