ハンド女子「おりひめジャパン」の物語【STORY】

富山は「おりひめジャパン」の一大供給地であり続ける。
横嶋姉妹、石野の3選手が七夕に託した願いは?
「一緒にオリンピックに行こう」

2014年10月1日

■ハンド女子日本代表のRoad to東京物語

ハンドボールの女子日本代表は2014年7月12日から4日間、富山で合宿を行った。9月にアジア大会、12月には来年の世界選手権出場をかけたアジア選手権を控えていた時期である。

合宿会場となった富山県総合体育センターは願い短冊を付けた七夕飾りで彩られていた。5日遅れながら七夕まつりの風情が漂う。天の川は見えなかったけれど、おりひめジャパンは富山の空に願いを託した。

「一緒にオリンピックに行こう」

ハンドボールの日本代表は、女子が1976年モントリオール大会、男子は88年ソウル大会を最後に、五輪出場から遠ざかっている。しかし、2020年の東京大会は開催国である恩恵を受けて地区予選免除による出場が有力。19年には熊本県内で女子の世界選手権開催も決まっている。おりひめジャパンの願いはこうだ。

「リオ五輪で出場、19年世界選手権でメダル。それを東京五輪につなげるホップ、ステップ、ジャンプ」

 目標は、遠く、大きな星に手を伸ばすがごとく、段階を踏んで設定されている。

■昔・西山と金原、今・「おりひめ達」と大森

 まずは富山とハンドボールと五輪を巡る物語の骨格を紹介しよう。それは氷見高と高岡向陵高の戦いを軸に、そのOB・OGらが指導する小・中・高校生選手を巻き込んで展開されてきた切磋琢磨の熱戦譜でもある。

ロサンゼルス・ソウル両五輪に出場した日本代表の主力が氷見高校OBの西山清(日新製鋼)だった。手首のスナップを利かせたロングシュートを持ち味とし、長らく日本のエースとして君臨した。氷見高時代に西山を鍛え上げたのが元日本代表主将だった金原至(前富山県ハンドボール協会長)である。「ハンドボールの町・氷見」に種をまき、花を咲かせたのが金原といえよう。

1984年6月、日本代表は富山市内でロサンゼルス五輪に向けての合宿を行った。西山のプレーに目を凝らした少年の1人に当時、呉羽中で横嶋信生監督の指導を受けていた大森聡がいる。大森はその後、高岡向陵高で「打倒氷見」に燃え、西山の母校である筑波大に進んだ。卒業後はUターンして母校の高校の監督となり現在、女子日本代表に名を連ねる横嶋姉妹らを育て上げた。前述した横嶋姓3人の関係は父と長女、三女である。

花はひとところでのみつぼみを付け、咲き続けるわけではない。咲き競う姿もまた、美しい。氷見高と高岡向陵高はつるを絡ませ、年輪を刻み、「お家芸」をはぐくんで、今に至る……。富山のハンドボール界には、大河ドラマならぬ、「大樹のドラマ」があるのだ。

■かおる「リオ五輪で競技人生を締めくくりたい」

 本題に戻ろう。富山がはぐくんだ「おりひめ三人娘」の物語である。

ベテランの29歳、身長161㌢の横嶋かおる、苦労人の風情がにじむ。高岡向陵高時代は全国大会でベスト8止まり。就職が内定していたシャトレーゼが突然廃部となり、急遽受け入れ先を探して北國銀行に収まった。ロンドン五輪の年は当初、代表合宿に召集されていたが予選開始前に選から漏れている。その後、左ひざの前十字じん帯断裂、右アキレス腱断裂、左足のかかとの骨を削る手術をするなど満身創痍の状態の中、回復の兆しとともに再び代表に召集された。

「リオ五輪で競技人生を締めくくりたい。1%でもハンドをやりたいという気持ちがあるうちは、やめたら後悔するだろう」

幾多の試練を経た言葉には、自然と重みが増す。競技者ならずとも、女性なら意識せざるを得ない「30代の壁」に立ち向かっていく覚悟を決めた。

これまで多くの試合で、「かおるマジック」を目にしてきた。リバウンドボールの軌道の先に、なぜかいつも待ち構えているのだ。

「なぜそこに?」

「うそでしょ?マジで?」

敵味方の双方から驚嘆されるポジショニング、決して派手ではないがいぶし銀の存在感である。本人いわく、「根拠のある勘」とのこと。たぐいまれな資質を周囲は認めているが、本人は「満足したら、この能力はなくなる」との危機感から、自分を追い込む日々を送っている。

 故障や代表落ち、苦しい練習の中でもじっと耐え、故郷に錦を飾る格好で日本代表返り咲きを果たした。この夏、地元で開催されたハンドボール教室では、小柄な小学生にひざを曲げ、腰をかがめて指導する姿が印象深い。

「身長が低くても日本代表になれるよ」

自分の存在が、後に続く小さな選手の誇りになると信じている。

■氷見高OG・石野「攻撃する守備」の体現者

氷見高出身の石野は現在26歳。おりひめジャパンの栗山雅倫監督が目指すハンドボールの守りのかなめである。小学生を対象としたハンドボール教室で栗山が守備の動作を説明する際、石野がデモンストレーターを務めた。

「進路を阻む」「相手に巻きついて動作を止める」「パスをさせない」「パスを奪う」「フェイントを入れる」

 スポーツに関する表現で「多彩な攻撃」とはよくいうが、多彩な守備もあるのだと気づかされる。

「相手を(自分が)思うように動かせたら……」

相手に「想定内」の動きをさせ、先回りして守る。即ち、受け身ではなく能動的な、いわば「攻撃を攻撃する守備」というコンセプトを体現するため、石野はコート内で頭と体をフル回転させている。

筑波大時代は教育実習を経験し、体育の教員免許も持っている。小学生への指導では、誤った動作をする児童には動きを止め、手を添えて指南し、正しい動作をした児童をきちんとほめていた。少し観察すると真面目な折り目正しい性格が、競技人生の根幹を支えている選手なのだと分かる。現役引退後はいい指導者になれるだろう。

氷見南部中時代、U-16(16歳以下)の女子日本代表に選出されて以来、順調に成長してきた石野だが、昨年は左ひざの軟骨を移植する手術を受け、1年間のリハビリを強いられた。ウエイトトレーニングでは、細身の体を「当たり負けしないように」と懸命に鍛え抜く姿に、海外勢との戦いに備える決意がにじんだ。

■彩、父や姉に見守られて伸び伸び

富山のおりひめ三人娘の中で最年少、24歳の横嶋彩は天真爛漫だ。「日の丸を背負って……」という重圧を感じさせない。かおるいわく、「本能で動くタイプ」。プレーを言葉で説明することはなかなか難しいが、感覚でやりきってしまう天才肌だ。

前述した父・横嶋信生は現在、富山県体協専務理事の職にあり、富山県総合体育センターを勤務先としている。したがって、このたびの合宿では裏方として女子日本代表の世話を焼き、娘の前では心底嬉しそうな「父の顔」をのぞかせた。彩も悪びれる風もなく「冷蔵庫を使わせて」などと父を頼ってくる。代表召集を素直に喜ぶ明るさ、素直さ、屈託のなさが彩の個性であり、家庭はもちろん、チーム内でも伸びやかにふるまっている。

「やっと夢がかなった!」

本来なら緊張して臨む合宿が、故郷で姉と一緒に父に見守られて参加できる巡り合わせに、彩の「運」がある。そういう星の下に生まれた選手である。とはいえ、苦労がないわけではない。身長162㌢と決して大柄ではなく、地道に努力を重ねてきた選手でもある。高校時代は目立ったタイトルも手にしていない。

■U-20のエースは高岡向陵高OG・佐々木春乃

富山市内のホテルで7月12日、富山県内のハンドボール関係者が出席して女子日本代表を迎えてパーティーが開かれ、地元出身の3選手はそれぞれに感謝の思いと抱負を述べた。彩は富山市立奥田小6年の佐々木思和選手から花束を受け取ると何やら耳打ちし、声をそろえて夢を語った。

「一緒にオリンピックに行こうね」

2020年の時点で18歳となる佐々木選手、日の丸をつけることは決してかなわぬ夢ではない。さらにはこの日、世界ジュニア選手権に出場していた佐々木の姉、春乃(高岡向陵高OG、大阪体育大)にとって東京五輪は、確実に手にしたい未来である。

春乃は172㌢と体格に恵まれ、瞬発力、強肩など高い身体能力を備えたU-20のエースだ。世界ジュニア選手権では58点を挙げて得点ランキング3位に輝くなど、次代のおりひめジャパンの主力として将来を嘱望されている。したがって、彩の言葉は決してリップサービスではない。むしろ、「6年後に自分が日の丸をつけていられるよう、後輩に負けぬよう、頑張らねば」という決意表明だったのだ。

■おりひめの「妹」にも富山生まれの逸材キラキラ

おりひめジャパンの妹分には、U-20の佐々木春乃を筆頭に、森優稀(氷見高OG、大阪体育大)、北原佑美(高岡向陵高OG、大阪体育大)、さらにはU-18の奥田結菜と檜木祐穂(いずれも高岡向陵高)、日本ハンドボール協会が指定するジュニアアカデミー育成選手として犀藤菜穂(高岡向陵高)、徳田和紗と藤亜希子(いずれも氷見高)、さらに中学生では金山桃歌(富山市立堀川中)と富山勢が名を連ねる。

ナショナルアカデミーのコーチを務める大森とフル代表監督の栗山雅倫は筑波大の先輩、後輩という間柄である。同じような理念で指導に当たっていることをかんがみれば、これからもおりひめジャパンにとって富山県は最大の供給地であろう。

2016年リオ五輪を経て2020年東京五輪まで、その先にある舞台へ。富山のハンドボール魂を受け継ぐおりひめ星は、天の川のように連なっている。ともに戦い、時にはレギュラーの座を争いながら、輝きを増していくだろう。いつか、富山生まれのおりひめがメダルを手にする日まで――。彼女らが織りなす物語を、その成長を見守っていこう。

※参考

・日本ハンドボール協会ホームページ

http://www.handball.or.jp/national/tabid/74/Default.aspx